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東京地方裁判所 平成3年(ワ)10529号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告らは、各自、原告に対し、四億三七四八万九〇〇〇円及びこれに対する平成二年八月二八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、平成二年八月に、オーストラリアから日本に鉄鉱石を運送していた貨物船パシテア号(以下「本船」という。)が、右貨物を積載したまま行方不明になった件に関して、船荷証券の所持人である荷主の有する損害賠償請求権をその譲受人から保険代位により取得した原告が、本船の定期傭船者である被告らに対し、船荷証券に表章される運送契約上の債務の不履行又は不法行為を理由に、損害賠償を求めた事案である。

二  前提事実(かっこ内に証拠を掲げたものを除いては争いがない。)

1 原告は損害保険等を業とする会社である。

2 本船は、サオ・ファイナンシング・アンド・トレーディング(以下「サオ・ファイナンシング」という。)から被告ネドロイド・バルク・ビー・ブイ(以下「被告ネドロイド」という。)に、被告ネドロイドから被告ピーアンドオー・バルク・キャリアーズ・リミテッド(以下「被告ピーアンドオー」という。)にそれぞれ定期傭船され、さらに被告ピーアンドオーから第一中央汽船株式会社(以下「第一中央汽船」という。)に航海傭船された。

3 平成二年七月ころ、住友金属工業株式会社(以下「住友金属」という。)は、三井物産株式会社(以下「三井物産」という。)にオーストラリアからの鉄鉱石の輸入業務を依頼し、三井物産は、いずれも荷送人であるロベ・リバー・マインニング・カンパニー・ピーティーワイ・リミテッドから四万四九六一ロングトン、ミツイ・アイアン・オア・デベロップメント・ピーティーワイ・リミテッドから二万九九七四ロングトン、ペコ・ワルセンド・オペレイションズ・リミティッドから五万二四五五ロングトン、パナウォニカ・アイアン・アソシエイツから一万四九八七ロングトン、ケープ・ランバート・アイアン・アソシエイツから七四九四ロングトンの鉄鉱石(これらの鉄鉱石を以下「本件貨物」という。)を買い付けた。

4 三井物産は本件貨物のオーストラリアから日本までの海上運送の手配を第一中央汽船に依頼し、同社のオーストラリアの代理店は、権限に基づき、本件貨物についての船荷証券計五通(以下「本件各船荷証券」という。)に、それぞれ「船長のために」(For the Master)という表示のもとに署名し、それぞれの貨物の荷送人に交付した。本件各船荷証券には、「本船が第一中央汽船の所有でないか、もしくは裸傭船されていない場合には、(本船が同会社に所有、又は裸傭船されていると外観上見える場合においても)本船荷証券は第一中央汽船の代理行為を通じて、船主、又は裸傭船者を本人として締結されたものであるから、船主又は裸傭船者との契約としてのみ効力を有し、単に代理人として行為する第一中央汽船は、本件船荷証券に関しいかなる責任も負うものではない。」との条項(以下「デマイズクローズ」という。)がある。

三井物産は、それぞれの荷送人から本件各船荷証券の裏書譲渡を受けて、その所持人となった。

5 本件貨物はいずれも本船に船積みされ、本船は、平成二年八月一日鹿島港に到着し、揚荷役待ちのため錨地にて沖待ちしていたところ、同月四日、折から接近中の台風一〇号を避けるため出港するとの連絡を最後に行方不明となった(なお、本船が行方不明になった事実は、原告と被告ピーアンドオーとの間では争いがない。)。

6 三井物産、本件各船荷証券に表章された本件貨物の運送契約(以下「本件運送契約」という。)上の債務の不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求権を住友金属に譲渡し、被告ピーアンドオーに対しては平成三年六月一〇日到達の書面により、被告ネドロイドに対しては平成六年一二月一七日到達の書面により、右債権譲渡の事実を通知した。

7 原告は、住友金属との間で、本件貨物について貨物海上保険契約を締結していたので、平成二年八月二七日、同社に対し、同社が被った損害を填補するため、本件貨物の価格である四億三七四八万九〇〇〇円の保険金を支払い、同社の被告に対する損害賠償請求権を保険代位により取得した。

8 本件各船荷証券には、東京地方裁判所を第一審の管轄裁判所とする旨の定めがある。

三  争点

1 裁判管轄の有無

(一) 原告の主張

(1) 国際裁判管轄については、民訴法上の土地管轄その他民訴法の規定する裁判籍があれば、条理に反する特段の事情がないかぎり、わが国の裁判管轄を認めるべきであるところ、本件においては以下のとおりわが国に民訴法の規定する裁判籍が認められるし、わが国に裁判管轄を認めることが条理に反する特段の事情もない。

ア 義務履行地

日本は、本件運送契約に基づく債務の履行地であり、東京は、本件運送契約の債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償の義務履行地である。

イ 合意管轄

本件各船荷証券には、東京地方裁判所を第一審の裁判所とする旨の合意管轄約款がある。

ウ 不法行為地

本件においては、本船船長その他の船員の過失行為もしくは不作為の一部又は主たる部分は日本の領海内でされたものである。

エ 営業所

被告らは、東京に実質的な営業所というべき日本法人を有している(被告ピーアンドオーについては、ピーアンドオー・バルク・キャリアーズ(ジャパン)リミテッド、被告ネドロイドについては、ネドロイド株式会社)。

オ 共同運送

本件運送契約は、被告ら及びサオ・ファイナンシング及びアンドレアディス(ユー・ケイ)リミッティッドが共同して運送を引き受けたものとみなすべきであるから、本件運送契約上の義務履行地であり、本件各船荷証券に合意管轄の定めのある日本の裁判所は、本件の裁判管轄を有する。

カ 裁判管轄を認めることが条理に反する特段の事情の不存在

本件は、いったん日本に到着した本船が、台風を避けるために出航したために発生した事故で、日本に極めて密接ないし近接した地における事故であるなど、本件においては、日本が最も当該事案との関連性が強いので、日本に裁判管轄を認めても条理に反するような特段の事情はない。

(2) 揚地主義の原則

貨物の損害賠償請求においては、貨物の到達地で訴訟を提起するというのが慣行である。

(二) 被告ピーアンドオーの主張

(1) 本件においては、わが国に民訴法上の裁判籍を認めるべきではないし、仮にそれが認められるとしても、わが国の裁判管轄を認めることが条理に反する特段の事情がある。

ア 義務履行地

債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権の義務履行地は債権者の住所地となるが、国際裁判管轄の判断にあたって、義務履行地に裁判管轄を認めて被告の応訴を強いることは、被告の予測可能性及び当事者間の公平の見地から妥当ではない。

イ 合意管轄

後記2(二)記載のとおり、被告ピーアンドオーは、本件運送契約上の運送人ではなく、本件各船荷証券の作成に関与していないので、原告と被告ピーアンドオーとの間に管轄の合意はない。

ウ 不法行為地

本船が沈没して本件貨物が滅失したのは日本の領海外であるから、日本は民訴法一五条の定める不法行為地に当たらない。

エ 営業所

ピーアンドオー・バルク・キャリアーズ(ジャパン)リミテッドという日本法人は、ピーアンドオーグループの一般的代理業務をしているものであり、被告ピーアンドオーの支店でも営業所でもなく、本件に一切関与していない。

オ 共同運送

共同運送とは数人の運送人が順次に各特定区間の運送を行うが、各運送人が一通の通し運送状によって運送を順次引き継いでいくことをいうのであって、本件の運送は共同運送に当たらない。

カ わが国の裁判管轄を否定すべき特段の事情

仮に民訴法上の裁判籍に基づいてわが国に裁判管轄が認められるとしても、〈1〉本件においては、本船の各種安全検査は日本以外の国で行われており、また本船は行方不明になっているので、本件貨物の滅失の原因に関する証拠は日本には存在しない、〈2〉原告は各国に支店や営業所を有する国際的な保険業者であり、イギリス及びオランダにも支店を有しているので、原告が被告の住所地であるイギリスやオランダで訴訟を追行することも、原告に過大な負担を強いるものではない、〈3〉本件訴訟は本船の船主に対しても提起され、船主に訴状は送達されたが、船主は本件口頭弁論期日に欠席し、本訴に応訴することが期待できないところ、被告ピーアンドオーは、船主が本船及び本船の運航に関する情報を提供しない限り、何らの防御方法もないとの事情があるので、わが国の裁判管轄は否定されるべきである。

(2) 揚地主義

貨物の損害賠償請求訴訟が、積地や被告の住所地で行われることもしばしばある。また、揚地で貨物の損害賠償請求訴訟を行う利点は、そこで実際に貨物が荷揚げされるため、損害の確認がしやすく、証拠の収集が容易であるためであるが、本件では本船が行方不明になっているので、日本には何ら証拠が存せず、揚地で訴訟を行う利点は存在しない。

(三) 被告ネドロイドの主張

被告ピーアンドオーの主張のうち、(1)のエ及び同カの〈3〉を除き、被告ピーアンドオーの主張と同じである。営業所について、原告が主張するネドロイド株式会社は、被告ネドロイドの単なる代理店にすぎない。

2 被告らが本件運送契約上の運送人であるか。

(一) 原告の主張

本件各船荷証券にはデマイズクローズがあり、定期傭船者は、船舶賃借人(裸傭船者)と同一の責任を負うので、本船の定期傭船者である被告らは、本件運送契約上の運送人としての責任を負う。

(二) 被告らの主張

本件各船荷証券は、第一中央汽船の代理人が、「船長のために」という文言のもとに署名して発行されたものであるから、本件運送契約上の運送人は、第一中央汽船又は船主である。被告らは、本件各船荷証券の発行に何ら関与していないし、本船の船主でもないから、本件各運送契約の運送人に当たらない。また、本件船荷証券には、デマイズクローズがあるが、被告らは、定期傭船者であって裸傭船者ではないので、デマイズクローズにより運送人とされることはない。

3 被告らの不法行為責任の有無

(一) 被告らの堪航能力保持義務違反

(原告の主張)

被告ピーアンドオーは第一中央汽船から、被告ネドロイドは被告ピーアンドオーから、それぞれ本件貨物の保管を委託された者として、本件貨物を保管に適した船舶内に保管する義務を負うところ、被告らは、本件貨物を、その保管に適しない本船に保管して、右の義務を怠った。

(二) 船長その他の船員の堪航能力保持義務又は安全操船義務違反

(原告の主張)

本船の船長その他の船員は、本件貨物が保管してある船舶を保管に適した状態に保持する義務を怠り、また、本船が転覆又は沈没することがないように安全に本船を操船すべき義務を怠った。

(三) 船長の台風回避義務違反

(原告の主張)

船長は、台風一〇号が接近しているにも係わらず、鹿島港から出港したことにより、安全な台風回避行為をとる義務を怠った。

(被告ピーアンドオーの主張)

接岸したままで台風に直撃されると、船のみならず岸壁も破壊される恐れがあるので、台風が接近した場合には港内にいる船舶は港外に避難すべきであり、現に本件においても、平成二年八月四日に、鹿島港長から避難勧告が出されているのであるから、船長が鹿島港から出港して台風を回避しようとしたことに過失はない。

(被告ネドロイドの主張)

台風を港内で係泊回避することには、他の係泊船によって水域が制約されて十分な対抗措置をとることができなかったり、浮遊物や走錨する他船の接触障害を受けて走錨、衝突、座礁などの海難を招く危険があり、特に本船のような大型船にはこの危険が大きいので、動きの取りやすい港外で回避するほうが適切であること、台風一〇号の接近に関して、鹿島港長から避難勧告が出されたことに照らせば、船長が鹿島港から出港して台風を回避しようとしたことに過失はない。

(四) 定期傭船者は、船長その他の船員の過失に対する使用者責任を負うか。

(原告の主張)

定期傭船者は、船主と同様、船長その他の船員の過失に対する使用者責任を負う(商法七〇四条の類推適用)。

(被告らの主張)

被告らは、定期傭船者であり、船長その他の船員の使用者ではないから、それらの者の行為につき不法行為の責任を負うことはない。

(五) いわゆる航海過失の免責

(被告らの主張)

仮に被告らが運送人にあたるとしても、船長が台風回避義務を怠ったことは、船長の航行に関する行為に当たるので、国際海上物品運送法上、被告らは、それによって生じた損害について免責される。不法行為に基づく損害賠償についても、同様である。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1 国際裁判管轄においては、わが国には、これを定める明文の規定がなく、また、明確な国際法上の原則等の基準も現状においては確立しているとはいえないので、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条理によって決定するのが相当であり、わが民訴法の国内の土地管轄に関する規定その他民訴法の規定する裁判籍のいずれかがわが国内にあるときは、これらに関する訴訟事件につき、被告をわが国の裁判権に服させるのが右条理に適うものというべきである(最判昭和五六年一〇月一六日民集一五巻七号一二二四頁)。

2 原告は、本船は、平成二年八月一日に鹿島港に到着し、揚荷役待ちのために錨地にて沖待ちしていたところ、同月四日、折から接近中の台風一〇号を避けるため出航した後本件貨物とともに沈没し、本件貨物は滅失したとして、被告ら(又は本船の船長その他の船員)に、争点3の(一)ないし(三)の義務違反があり、これが不法行為に当たる旨の主張をする。

民訴法一五条の不法行為地には、不法行為がされた土地が含まれるものと解されるところ、原告の右の主張のうち、本船の船長が鹿島港から出港した行為を不法行為とするものについては、右の出港をした地が同条の定める不法行為地にあたると解することができる。

そして、本件においては、前記のとおり、本船が鹿島港にいったん到着した後に、接近中の台風を避けるため出港するとの連絡を最後に行方不明となった事実が認められるので、原告の主張する右の管轄原因事実について、被告らをわが国での本案審理に服させてもよいと合理的に判断できる程度の証明がされているということができる。

よって、本件は、わが国に民訴法一五条に規定する不法行為地としての裁判籍があるということができる。

3 被告らは、本船が沈没して本件貨物が滅失したのは日本の領海外であるから、日本は民訴法一五条の不法行為地に当たらない旨の主張をするが、前記のように、同条の定める不法行為地には、不法行為の結果の発生した地ばかりでなく、不法行為がされた地も含まれると解されるから、右の主張を採ることはできない。

4 また、被告らは、争点1の(二)の(1)のカ及び(三)のとおり、仮に民訴法の規定する裁判籍が日本にあるとしても、本件については日本の裁判管轄を認めるべきではない旨の主張をする。

しかし、原告の主張する不法行為は前記のとおりであり、その判断に資する重要な証拠(気象状況や鹿島港の警戒体制など)が日本に存すると考えられる本件においては、被告らの右の主張を採用することはできない。

5 したがって、本件においては、わが国に裁判管轄を認めるべきである。

二  争点2について

1 前記のとおり、本件各船荷証券は、本船の航海傭船者である第一中央汽船の代理店により、「船長のために」(For the Master)という表示のもとに署名されているところ、船荷証券上の「船長のために」という表示は、一般的には、船主が船荷証券で表章される運送契約上の運送人であることの表示であると解されるから、本件運送契約上の運送人は、船主であって、定期傭船者ではないというべきである。

2 なお、前記のとおり、本件各船荷証券にはデマイズクローズがあるところ、原告は、定期傭船者は裸傭船者と同一の責任を負うので、本船の定期傭船者である被告らも本件運送契約上の運送人としての責任を負う旨の主張をする。

《証拠略》によれば、本件のサオ・ファイナンシング及び被告ネドロイドの間並びに被告ネドロイド及び被告ピーアンドオーの間の定期傭船契約は、いずれもニューヨーク物産取引所制定の定期傭船契約書の書式(プロデュースフォーム)によっており、その契約上、(1)船主は、船員に関する費用、保険料及び船費を負担し、傭船者は運航費用を負担することとされていること(契約書一、二条)、(2)船長は、本船の使用及び代理業務に関しては傭船者の命令・指示に従わなければならない(契約書八条)が、傭船者が船長に対して指示できる事項は、船舶の利用に関する事項に限られ、航海に関する事項は含まれないと解されること、(3)傭船者は、船長その他の乗員の交替を船主に要求でき(契約書九条)、傭船者の指示に反して行った船長の貨物輸送指揮をめぐる争いについての訴求権等を留保している(契約書九条の追加条項)が、乗員の交替の最終的な判断は船主が行うのであるから、このことによって傭船者が船員に対する実質的な指図権を有しているということはできないことその他右契約の各条項によれば、被告らは、本船の管理を船主の雇用した船長その他の乗組員に委ね、その役務を利用して一定の期間物品の運送を行う者であり、自ら船長等の乗組員を配乗して船舶を運航する者ではないと解され、裸傭船者と同様の実体を有する者ということではできない。他に被告らが裸傭船者と同様の実体を有する者であることを認めるに足りる証拠はない。

したがって、本件各船荷証券のデマイズクローズによっても、被告らが裸傭船者と同一の責任を負うということはできない。

三  争点3について

1 《証拠略》及び前記認定の事実によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 本船は、昭和四六年に建造された総トン数八万〇二二五・二八トンの鉄鉱石原油輸送船(鉱油船)で、行方不明になった当時建造後一九年目であった。

(二) 本船は、本件貨物を積載して、平成二年八月一日鹿島港に到着し、揚荷役待ちのため錨地にて沖待ちをしていた。

(三) 台風一〇号は、平成四年七月二九日に沖の鳥島の南海上で台風になり、東経一四〇度線に沿うように北上し、同年八月一日には中心気圧が九五五ミリバールにまで低下したが、同月三日から四日にかけて八丈島に接近した後、東に向きを変えて、同月一〇日、日本のはるか東で温帯低気圧になった。同月四日正午の時点で、台風一〇号は、八丈島の東南東約一〇〇キロメートルの海上をゆっくりとした速度で北北東に進んでおり、さらに北上して、五日午前中にも関東地方に上陸するとの予報がされていた。

(四) 同月四日午前六時、鹿島港長は、鹿島港内の船舶に対し、「台風一〇号の接近に伴い、鹿島港は、四日午前六時以降、第二警戒体制(避難勧告)となり、三〇〇〇D/Wトン以上の船舶は入港できません。各船は今後の台風情報に十分注意し、万全な保船体制を取って下さい。」との警報を発令した。

なお、鹿島港における台風等の対策に関する要綱においては、鹿島港が台風による秒速一五メートル以上の強風圏に入ることが必至となった時又は鹿島信号所における台風によると思料される風の瞬間風速が秒速一〇メートルに達した時に、鹿島港長が第二警戒体制(避難勧告)を発令するものとされている。

(五) 本船は、同月四日午後〇時三〇分ころ、接近中の台風一〇号を避けるため出港するとの連絡を最後に行方不明となった。

(六) 本船が行方不明になった後行われた捜索の結果、本船が行方不明になった翌日である平成二年八月五日に、鹿島港の東方約六〇マイルの海域で、本船の救命ボート及び救命胴衣並びに油膜が発見された。

2 以上の事実を前提に、不法行為地の法律である日本法に基づいて(法例一一条)、被告らの不法行為責任について判断する。

(一) (一)及び(二)について

前記のとおり、本船は、行方不明になった当時建造後一九年目の鉱油船であったことが認められるところ、甲第一四号証(高齢大型ばら積貨物船に関する調査報告書)によれば、本船が行方不明になった当時高齢の大型ばら積み貨物船、鉱石運搬船及び鉱油船に、沈没を含む船体構造の重大損傷が多発し、その原因として、船体の高齢化による強度の低下、特に貨物倉内の部材の腐食衰耗による強度の低下による倉内肋骨構造の支持効果の喪失が指摘されていたことが認められる。

しかし、甲第一四号証は、当時多発していた高齢の貨物船の沈没等の事故一般についてその原因を調査したものであり、これによって直ちに本船が本件貨物の保管に適した状態になかったことを認めることはできない。そして、前記1の事実からは、本船が鹿島港東方沖で沈没したことが推認され、さらに、本船が沈没した原因には台風一〇号の風浪の影響があったことが窺われるものの、本船が本件当時本件貨物の保管に適した状態になかったことや本船の船長その他の船員が、本船を安全に操船する義務を怠ったことを認めることはできないし、他に右の点を認めるに足りる証拠はない。

(二) (三)について

本船は、八月四日午後〇時三〇分ころ、台風を避けるために鹿島港から出港しているが、《証拠略》によれば、鹿島港においては、台風の接近時に大型船が港外で避難することは、通常行われている避難方法であると認めることができる。さらに、本件においては、前記のとおり、同日午前六時に鹿島港長が第二警戒体制を発令して避難を勧告しているところ、鹿島港長の右の勧告には、法的な強制力があるものではないが、《証拠略》によれば、右の勧告は、鹿島海上保安署をはじめとする鹿島港に関係する団体で構成される協議会で定められた基準によるものであること、また、前記のとおり、本船が出港した当時、台風一〇号は、八丈島沖をやや東に向きを変えながらも北上しており、このまま北上して関東地方に上陸するとの予報がされていたことによれば、台風がさらに接近することを前提に港外に避難することは、本件の状況下においても合理的な行動であるということができる。したがって、本船が台風一〇号を避けるために鹿島港を出港した判断に過失があったということはできない。

なお、《証拠略》によれば、荷役調整の時間的余裕がなく航行に支障ある載貨状態の場合には避難勧告から除外する必要があるとされるが、前記のとおり本船は揚荷待ち中であったので、航行に支障ある載貨状態にあったということはできないので、右の場合には当たらないと解される。

(四) なお、証人新谷文雄(以下「新谷」という。)は、本船の沈没原因として、(1)機関の故障又は波浪のため、機関を使用しても操舵により船首を風に立てることができずに、波浪を真横に受けた、(2)動揺により荷崩れを起こして船体が傾いた、(3)動揺により鉄鉱石の積荷が外板にぶつかり、外板が破損して浸水した、(4)本船が老朽化して激しい腐食に耐えられない状況にあったことが考えられる旨、台風一〇号を避ける方法として、鹿島港の検疫錨地又はその付近で避泊するべきであった旨の供述をする(《証拠略》記載の各所見も同旨)。しかし、同人の証言によれば、同人は、本船の沈没原因を検討するにあたって、本船が、本船とは構造が異なる鉱石運搬船であることを前提にしているほか、本船の構造図や積付図を参考にしていないことが明らかであり、《証拠略》によれば、鹿島港の検疫錨地は、岸壁から二ないし四キロメートル程度の位置にあり、また同地の水深は二〇メートル前後であることが認められ、したがって、同地では、磯波に返し波が加わって複雑な波形を作る可能性があり、また本船のような大型船が高い波が発生しているときに同地に避泊すると、船底が海底についたり、機関が空転する可能性があること、外洋から波浪が進入する港の内部では、錨泊して台風を避難することは危険であること、錨泊したまま台風から避難しようとすると、緊急の場合に機敏に行動できずに危険であり、また荒天時には走錨の危険もあることが認められることに照らせば、証人新谷の右の供述を採用することはできない。

(五) したがって、被告らは、本件貨物の滅失につき、不法行為責任を負わない。

四  よって、原告の請求は理由がないから棄却する。

(裁判長裁判官 小田原満知子 裁判官 佐久間邦夫 裁判官 岡田伸太)

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